Informa(インフォーマ)は現在、世界各地で大規模なBtoB展示会・カンファレンスを主催すると同時に、専門メディア、デジタルリード獲得、購買意向データ、学術出版までを展開する英国企業である。
2026年現在の事業は、Informa Markets、Informa Connect、Informa Festivals、Informa TechTarget、Taylor & Francisの5部門で構成される。2025年のグループ売上高は40億4,140万ポンドに達した。Informa Marketsだけでも、ヘルスケア、医薬品、栄養、建設、航空、美容など十数分野で数百のBtoBブランドを展開している。
しかしInformaは、最初から巨大な展示会主催会社だったわけではない。
現在の事業には、大きく二つの系譜が流れ込んでいる。
一つは、専門情報・出版の系譜である。Informaの企業史は、1734年にEdward Lloydがロンドンで発行した海運情報「Lloyd’s List」まで遡る。一方、現在のTaylor & Francisにつながる学術出版事業は、1798年創刊のPhilosophical Magazineや、1852年にRichard TaylorとWilliam Francisが設立した出版社を源流とする。
もう一つが、専門家を実際に集めるカンファレンス・展示会事業である。
この二つがM&Aを通じて組み合わされ、
専門情報を提供する
↓
専門家を会議に集める
↓
売り手と買い手を展示会で結び付ける
↓
年間を通じてデジタルで顧客をつなぐ
↓
購買意向・リードデータまで提供する
という現在の事業構造が形成された。
その意味でInformaは、単なる「展示会を開催する会社」から、専門市場そのものをオンラインとオフラインの両方で運営する企業へ変化してきたと見ることができる。
現在のInformaという会社が成立したのは1998年である。
IBC Group plcとLloyd’s of London Press(LLP Group)が統合し、Informaが形成された。したがって現在のInformaには、単一の「創業者」がいるわけではない。複数の専門情報・イベント企業を統合して成立した企業と捉えるのが適切である。
Lloyd’s of London Press側には、海運・保険を中心とする長い専門情報事業の歴史があった。
一方のIBCは、専門家向けのカンファレンスや情報サービスを展開していた。
ここにInformaの現在まで続く基本的な考え方がすでに見える。
それは、一般消費者向けに大量の情報を届けるのではなく、
特定の産業・職種の専門家に対し、その仕事に必要な情報や人脈を提供する
というモデルである。
この「専門市場を深く理解する」という考え方が、その後の展示会事業にも引き継がれていく。
最初の大きな転換点の一つが2004年だった。
Informaは学術出版社Taylor & Francisと統合した。取引時のTaylor & Francisの株式価値は約5億900万ポンドとされている。
これにより、InformaはBtoB情報・イベントだけではなく、学術論文、専門書、研究情報という大規模な知識資産を持つ会社になった。
さらに重要なのが翌2005年である。
InformaはInstitute for International Research(IIR)を14億ドルで買収した。
IIRは1973年に設立され、当初はニュースレターを発行し、その後専門カンファレンスへ事業を拡大した会社だった。IIR取得によってInformaは、当時「世界最大の上場イベント・カンファレンス・研修事業者」とされる規模へ拡大し、中東を含む国際的なイベント事業基盤も強化した。
この変化は現在のInforma Connectにつながっている。
Informa Connectは現在も、金融、ライフサイエンス、テクノロジー、外食などで、専門家が情報を得たり、同業者や投資家と会ったりする「コンテンツ中心」のイベントを運営している。BIO-Europe、SuperReturn、HIMSS、National Restaurant Association Showなどがその例である。
つまり、
専門情報を販売する会社
から、
専門情報を持つ人・必要とする人を実際に集める会社
へ事業が広がったのである。
現在のInformaを形づくった次の重要な局面は2010年代である。
2014年、Informaは「Growth Acceleration Plan(GAP 1)」を開始した。
事業を4部門へ再編し、成長分野へ経営資源を集中するとともに、人材、製品、デジタルプラットフォームへの投資を進めた。
この時期、特に強化されたのが展示会事業だった。
2012年にはカナダのMMPI、2013年にはChina Beauty Expoを運営するBaiwenへの出資、2015年には米国のVirgoやHanley Wood、2016年にはPenton Information Servicesを約12億ポンドで取得するなど、専門展示会・BtoBメディア企業を相次いで取り込んだ。
ここで重要なのは、単純に展示会の本数を増やしたことではない。
Informaは、
といった、国際的な取引が活発な専門市場にポートフォリオを集中させていった。
展示会は、出展料を得るだけの事業ではない。
ある業界で有力な展示会を持てば、
が毎年そのイベントへ集まる。
その結果、主催者自身が「その市場で誰が何を売り、誰が何を探しているか」を把握できるようになる。
この顧客基盤こそが、後にInformaがデジタルリード・データ事業へ進むための重要な資産となった。
Informa史上、展示会事業に最も大きな影響を与えたM&Aが2018年のUBM買収である。
Informaは同年6月、国際的なBtoBイベント企業UBMを取得した。UBM株はロンドン証券取引所から上場廃止となり、両社の事業統合が始まった。
UBMは北米だけでなく、中国をはじめとするアジアに強い展示会基盤を持っていた。
統合によってInformaのポートフォリオには、CPHI、World of Concrete、Natural Products Expo West、MAGIC、SupplySide、MD&M、Cosmoprof Asiaなど、多数の大規模専門展示会が集まった。
この買収が重要だった理由は規模だけではない。
展示会事業では、「その都市でイベントを開催できる」ことより、
その産業の主要な売り手と買い手を継続して集められるブランドを持つこと
の方が重要である。
UBMとの統合によってInformaは、世界各地の専門市場にこうしたイベントブランドを多数保有する企業になった。
現在のInforma Marketsが、米国、中国、インド、中東、ブラジルなどで数百のBtoBブランドを運営できる背景には、このUBM統合が大きく影響している。
2020年の新型コロナウイルス感染拡大は、Informaにとって大きな転換点になった。
Informaの主要事業となっていた大型展示会は、人が一つの場所へ集まることを前提としている。
そのため世界各国の移動制限やイベント中止によって、リアルイベント事業は大きな影響を受けた。
しかしコロナ禍後、Informaが選択したのは「展示会から離れること」ではなかった。
むしろ2021~2024年のGrowth Acceleration Plan 2では、Intelligence事業を売却し、経営資源をBtoB MarketsとAcademic Marketsへ集中した。
Pharma Intelligence、Maritime Intelligence、EPFR Fund Flow Intelligenceなどの売却によって、2022年には合計約25億ポンドを実現している。
これはInformaの現在を理解するうえで重要な経営判断である。
過去には、
を幅広く保有していた。
そこから一部の情報データ事業を売却し、
へ焦点を絞ったのである。
リアル展示会市場はその後回復した。
2023年にはInformaの調整後営業利益が前年比で大きく増加し、中国を含むイベント再開や、インド・中東・アフリカなどの成長が業績を押し上げた。
つまりコロナ禍を経ても、Informaは「人が直接会う価値」そのものを否定しなかった。
代わりに、
リアルイベントの価値+デジタルデータ
という方向へ進んだ。
現在のInforma Marketsは、公式に「buyersとsellersを結び付ける」ことを事業の中心としている。
そこには大型展示会だけでなく、専門コンテンツや、データを利用したlead generation、demand generationも含まれる。
これは展示会ビジネスの構造を大きく変える。
従来の展示会は、
開催前に集客する
↓
数日間会場で商談する
↓
終了する
というビジネスだった。
現在のInformaが目指しているのは、
オンラインで業界情報を提供する
↓
買い手の関心を把握する
↓
展示会で売り手と会わせる
↓
ブース訪問・面談・コンテンツ閲覧を計測する
↓
イベント後もリードとして企業へ渡す
という年間を通じた市場である。
実際、Informa Connectの2026年のLead Insightsでは、
などを同じエンゲージメント情報として扱っている。
ここには、2010年代に大量の専門展示会ブランドを取得した意味が表れている。
展示会ブランドを持つことでInformaには「専門業界のオーディエンス」が蓄積される。
そのオーディエンスをデジタルで継続的につなぐことで、展示会の床面積以外からも価値を生み出せるようになったのである。
2024年、Informaはもう一つ重要な事業転換を行った。
Informa Techのデジタル事業を米国のTechTargetと統合し、「Informa TechTarget」を設立した。
InformaはOmdia、Industry Dive、InformationWeek、Light Reading、Dark Reading、NetLineなどの事業と3億5,000万ドルを拠出し、新会社の約57%を取得した。Informa TechTargetはNASDAQ上場企業として2024年12月に事業を開始した。
この統合で重要なのが「intent data」である。
従来の展示会では、
「この人が会場へ来た」
「この人がブースを訪れた」
ことは分かる。
TechTarget型のデジタルサービスでは、その前段階となる、
どの企業の担当者が
どの技術テーマの記事を読み
どの製品カテゴリーを調べているか
といった購買意向を示すデータを扱う。
Informa TechTargetは現在、約220以上の専門BtoBサイトと約5,000万人のpermissioned audienceを基盤に、リードジェネレーションや購買意向データを提供している。
これはInformaの展示会ビジネスと非常に相性がよい。
展示会が、
「買い手と売り手が実際に会う場所」
だとすれば、Informa TechTargetは、
「買い手が何を探しているかをデジタル上で見つける仕組み」
だからである。
現在のInformaは、この二つを同じグループ内に持つ。
2024年には、さらに大きなM&Aが行われた。
InformaはCannes LionsやMoney20/20を所有するAscentialを約12億ポンドで買収した。取引は2024年10月に完了した。
これを受けて2025年、新たに「Informa Festivals」が独立部門として設けられた。
ここには、
などが集められている。
Informaは現在、BtoBイベントを大きく、
Informa Markets=取引中心
Informa Connect=コンテンツ・専門知識中心
Informa Festivals=体験・コミュニティ中心
と分けている。
これは展示会産業の変化を見るうえでも興味深い。
従来の展示会は、
「商品を見る」
「仕入先と会う」
「商談する」
ことが中心だった。
一方Cannes LionsやMoney20/20、Black Hatのようなイベントでは、
そのものが参加理由になる。
Informaが「Festivals」を独立部門にしたことは、BtoBイベント市場でも単純な展示面積だけではなく、「その場所でしか得られない体験」の価値が高まっていることを示している。
現在のInformaを見ると、一見すると学術出版と展示会とデジタル広告は別々の事業に見える。
しかし歴史をたどると共通点がある。
それは、
特定分野の専門家を集め、その人たちが必要とする知識・人脈・取引機会を提供する
ことである。
Lloyd’s Listでは海運関係者へ情報を届けた。
Taylor & Francisでは研究者へ学術情報を届ける。
IIRでは専門家をカンファレンスへ集めた。
Informa Marketsでは買い手と売り手を展示会へ集める。
Informa TechTargetでは、IT購買担当者が何に関心を持っているかをデータ化する。
Informa Festivalsでは、専門市場のコミュニティ自体を大規模な体験型イベントとして形成する。
つまりInformaが200年以上の事業系譜を通じて蓄積してきた本当の資産は、「出版技術」や「展示会施工技術」そのものではない。
重要なのは、
である。
これらを組み合わせることで、現在のInformaはリアルとデジタルの双方から専門市場へアクセスできる。
Informaの場合、「Informaが展示会へ出展しているか」を見るより、Informa自身が主催する展示会を見る方が現在の事業を理解しやすい。
Informa Marketsは、医薬品、健康・栄養、建設、美容、航空、農業など多数の専門市場で大規模展示会を運営している。
例えば歴史的な主要ブランドには、
などがある。
こうした展示会を見る際に重要なのは、単に出展社数や来場者数を見ることではない。
現在のInformaでは、
リアル会場
と
デジタルコンテンツ
と
参加者データ
が一体になりつつある。
展示会関係者であれば特に、
といった領域を見ると、Informaが単なる展示会主催会社ではなくなっていることが分かる。
Informaだけが現在の展示会産業を形成したわけではない。
RX、Messe Frankfurt、Messe Düsseldorf、Koelnmesseなど、多くの国際的な展示会主催者が存在する。
一方、Informaの変遷には現在の国際展示会産業の大きな変化がよく表れている。
UBMをはじめ多数の展示会企業を取得したことで、Informaには多くの専門展示会ブランドが集まった。
その結果、一つの会社が複数地域で同じ産業の企業・バイヤーと関係を持ち、成功したイベントブランドを新しい地域へ展開するモデルが強まった。
現在Informaが米国、中国、中東、インド、ASEANなどを成長市場として展開している背景にも、このグローバルなポートフォリオがある。
Informa Marketsは現在、展示会とともにデジタルlead generationやdemand generationを明確に事業としている。
これは展示会主催者の収益源と役割を、
会場スペースを販売する
ところから、
年間を通じてバイヤーとの接点を販売する
方向へ広げる動きである。
Informa TechTargetが加わったことで、この動きはさらに進んだ。
リアル展示会の来場データと、オンライン上での専門コンテンツ閲覧や購買意向データを同じBtoBマーケティングの流れとして扱える可能性が生まれている。
これは展示会ビジネスが、イベント運営産業からBtoBマーケティング・データ産業へ広がっていることを示す一例である。
2026年時点のInformaを見る限り、今後は特に三つのテーマが重要になる。
Informa TechTargetは、約5,000万人規模のpermissioned audienceと、購買意向データを持つ。
Informa Marketsには世界各地の展示会参加者と出展企業が存在する。
この二つをどの程度連携させ、
オンラインで製品を調べる
↓
展示会へ参加する
↓
ブースを訪問する
↓
商談する
↓
イベント後も情報を閲覧する
という行動を一つのカスタマージャーニーとして扱えるかは重要な注目点になる。
Ascential買収後、InformaはInforma Festivalsを独立部門にした。
2025年にはCannes LionsでB2B Summitを立ち上げ、Money20/20をリヤドへ展開するなど、ブランドの地域・対象市場拡張も進んでいる。
今後、従来型展示会でもコンテンツ、表彰、コミュニティ、ネットワーキング、エンターテインメント性がどの程度強くなるかを見るうえで、この部門の動きは参考になる。
Informaではすでに学術研究、専門コンテンツ、マーケティング情報などにAIを組み込む動きが進んでいる。
LIONS関連事業では2025年、蓄積されたコンテンツやデータを活用するAI製品・AI Assistantも強化された。Informaの2025年Annual Review自体にもAIアシスタント「Elysia」が導入されている。
今後は単なるイベントページ作成の自動化より、
といった、専門市場特有の意思決定をAIで支援できるかが重要になる。
Informaの変遷を振り返ると、同社が一貫して行ってきたのは「展示会を増やすこと」だけではない。
1734年の海運情報から始まる専門情報の系譜、学術出版、カンファレンス、国際展示会、デジタルメディア、購買意向データへと、専門家が仕事をするために必要な接点を次々に事業化してきた。
その流れを整理すると、
専門情報
↓
専門家コミュニティ
↓
カンファレンス
↓
大規模BtoB展示会
↓
デジタルオーディエンス
↓
リード・購買意向データ
↓
AIを利用した専門市場プラットフォーム
という変化が見える。
現在展示会でInformaを見る際にも、展示ホールや出展企業数だけを見るのでは十分ではない。
「このイベントが、その業界の売り手と買い手を年間を通じてどのようにつなぎ、その接点をどこまでデータ化しているのか」
を見ることが、現在のInformaを理解するうえで最も重要なポイントになっている。