ON24は現在、ウェビナー、バーチャルイベント、コンテンツ配信、オーディエンス分析などを組み合わせ、企業が顧客との接点から得られる「ファーストパーティデータ」をマーケティングや営業に活用するためのデジタル・エンゲージメントプラットフォームを提供している。
2026年4月にはイベントテクノロジー大手Cventによる買収が完了し、ON24はCvent傘下に入った。現在はオンラインのウェビナーだけではなく、リアルイベント、展示会、フィールドイベントを含む顧客接点をつなぐ方向へ事業の位置づけが広がっている。
しかし、ON24は最初からマーケティングテクノロジー企業だったわけではない。
その原点は、1990年代末のインターネット上で金融ニュースを動画・音声配信するメディア事業にある。そこで培ったストリーミング技術を企業向けWebcastへ転用し、さらにWebcastを「映像を配信する仕組み」から「見込み顧客の行動を取得するマーケティングチャネル」へ変えていったことが、現在のON24を理解するうえで重要である。
米国証券取引委員会(SEC)への提出資料によると、ON24は1998年1月に「NewsDirect, Inc.」としてデラウェア州で設立され、同年12月にON24, Inc.へ社名を変更した。現在も経営に携わるSharat Sharanは、ON24の公式資料でFounderまたはCo-founderと位置づけられている。
創業当初のON24は、現在のようなBtoB向けウェビナープラットフォームではない。Sharan自身は当時の事業について、個人投資家を対象とした「24時間のマルチメディア・ニュースプラットフォーム」であり、オンライン版CNBCやReutersのようなものだったと振り返っている。2000年には、ON24の金融ニュースがポータルサイトへストリーミング配信されていたことも当時の資料から確認できる。
この時代にON24が蓄積した重要な資産は、金融ニュースそのものではなかった。
動画や音声をインターネット経由で多数の視聴者へ安定して配信する技術、リアルタイムのコンテンツを制作・配信する運用ノウハウである。
当時は企業の決算説明などをインターネットで配信する動きも広がり始めていた。米国では2000年のRegulation FDを背景に、企業情報を広く公開する手段としてWebcastへの関心が高まっていた。
結果として、ON24がニュース事業で蓄積していた技術と、企業側で生まれつつあったオンライン情報配信需要との間に、新しい市場が形成されていくことになる。
最初の大きな転換点は、2000年代初頭のドットコム・バブル崩壊だった。
Sharanは後年、ON24について「デジタル放送会社・金融ニュースネットワークとしてスタートしたが、ドットコム崩壊を受けてWebinarへ全面的に転換した」と説明している。重要なのは、まったく別の技術分野へ進んだわけではないことだ。
ニュースを配信するために持っていたストリーミング技術を、企業が顧客や投資家とコミュニケーションするための技術へ転用したのである。
2003年には、企業自身がライブおよびオンデマンドWebcastを制作できるWebベースの映像配信プラットフォームを展開していたことが、当時の報道からも確認できる。
ここでON24の顧客は、
「金融情報を視聴する個人投資家」
から、
「顧客・見込み客・社員・投資家などへ情報を届けたい企業」
へ変化した。
ただし、この段階ではまだ「オンラインイベントを配信する会社」という性格が強かった。
現在につながるもう一つの重要な変化が現れたのは、そのWebcastから取得できる視聴者データを営業・マーケティングへ利用し始めたことだった。
2006年、ON24は「LeadVantage」と呼ばれるリードスコアリング機能を発表している。Webcastへの登録や視聴行動などを利用し、見込み顧客を評価・優先順位付けする仕組みだった。
これは現在のON24につながる重要な転換である。
映像を配信すること自体ではなく、「誰が、何に、どれだけ関心を示したのか」をデータとして取得することが価値になるという考え方が、この時点ですでに表れていたからだ。
現在ON24が強調するファーストパーティデータ、エンゲージメント分析、購買意向の把握は、このWebcastマーケティングの発想を発展させたものと見ることができる。
2000年代後半には、ON24はWebcastだけでなく「オンライン上でイベントそのものを再現する」方向へ機能を拡大していった。
2008年には、展示会、就職フェア、カンファレンス、研修イベントなどをオンライン上に構築する「Virtual Show」が紹介されている。現在のバーチャルイベントプラットフォームにつながる発想である。
しかし、現在のON24につながる事業構造上の大きな変化は2013年だった。
SECへの上場申請資料によれば、それ以前のON24はイベント単位のサービスやソフトウェアライセンスを中心としていたが、2013年に「ON24 Elite」と「ON24 Virtual Environment」をクラウド型サブスクリプション製品として投入し、SaaS企業への転換を進めた。
この転換によって、
イベントを開催するたびにサービスを購入するモデル
から、
企業が継続的にウェビナーやデジタルイベントを運営するためのプラットフォームを契約するモデル
へ事業の性質が変わった。
さらに2018年には「ON24 Engagement Hub」と「ON24 Target」を投入した。
Engagement Hubはウェビナー、動画、ホワイトペーパーなどをまとめた常設型コンテンツ拠点、Targetは顧客セグメントに応じてコンテンツやメッセージを変えるパーソナライズ機能である。
同時期、ON24は従来型のフルマネージドイベントを中心とする「Legacy」サービスを段階的に縮小した。2018年には新規顧客への販売を停止し、2020年にはすべての顧客への販売を終了している。
つまりON24は、
イベント制作会社に近いモデル
から、
企業自身が継続的にデジタル体験を運営するためのSaaS
へ移ったのである。
この変化は、現在のON24を理解するうえで非常に重要である。
2020年の新型コロナウイルス感染拡大は、ON24に急激な需要増をもたらした。
企業イベント、営業活動、セミナーがオンラインへ移行したことで、ウェビナーやバーチャルイベントが企業活動の主要チャネルとなった。
ON24は2021年2月にニューヨーク証券取引所へ上場。IPO価格は1株50ドルで、上場直後には企業価値が34億ドルを超えたと報道された。Sharanは当時、「10年分のデジタル変革が10カ月で起きた」という趣旨の説明をしている。2021年の売上高も前年比30%増の2億360万ドルとなった。
ただし、この需要がそのまま続いたわけではない。
企業が対面イベントを再開し、コロナ禍に急拡大したデジタル関連予算を見直すようになると、ON24も市場環境の変化を受けた。2022年には、企業が「post-pandemic digital budgets」を再評価していることを業績見通しの要因として挙げている。
その後ON24は2022年からコスト削減を開始し、2023年、2024年、2025年にも人員削減を実施した。
2025年の売上高は1億3930万ドルで、2024年の1億4810万ドルから6%減少。顧客数も2023年の1,784社から2024年1,645社、2025年1,539社へ減少している。会社自身も一部企業のマーケティング部門における予算圧力を顧客減少の一因として挙げている。
この局面はON24にとって、「オンラインイベントを開催できる」というだけでは競争力を維持しにくくなった時期だったと考えられる。
2025年時点でON24自身が競合として挙げていた企業には、Zoom、Microsoft、Cisco、Adobe、RingCentral、Kaltura、そして後に買収元となるCventなどが含まれていた。
そのため、ON24の競争軸は動画配信そのものから、
へ移っていった。
2022年には、ノルウェーのクラウド動画ソフトウェア企業Vibbioを約300万ドルで買収した。
目的は動画制作機能をON24へ組み込み、イベント映像を新しいコンテンツとして再利用しながら、エンゲージメントデータの取得やパーソナライゼーションにつなげることだった。
そして2024年、ON24はAI-powered Analytics and Content Engine(ACE)を投入した。
ACEはイベントから得られたデータを分析するだけでなく、生成AIを利用して文章、動画クリップなどを自動生成し、イベント終了後のナーチャリングに利用する仕組みである。
2025年にはLumina Design System、ON24 IQ、ON24 Translate、ON24 AI Propel+なども追加された。AI Propel+では、一つのウェビナーやイベントからブログ、メール、SNS投稿、動画クリップ、電子書籍などへコンテンツを展開する機能が提供されている。
ここまでの変遷を見ると、現在のAI事業が突然始まったものではないことが分かる。
ON24が長年蓄積してきたのは単なる動画技術ではない。
といった、企業と顧客の直接的なインタラクションデータである。
2006年のLeadVantageでWebcast視聴者を営業リードとして評価していた考え方が、現在ではAIによる購買関心分析やコンテンツ生成、パーソナライズされた顧客体験へ発展したと見ることができる。
金融ニュースのストリーミング
↓
企業Webcast
↓
マーケティングWebinar
↓
参加者行動データ
↓
SaaS型デジタルエンゲージメント
↓
AIによる分析・パーソナライゼーション
という連続した技術・事業の変化がある。
ON24と展示会との関係は古い。
2008年にはすでにVirtual Showによってオンライン展示会を構築しており、後のON24 Virtual Environmentでも、複数セッション、ネットワーキング、バーチャルブースなどを備え、リアル展示会やカンファレンスをオンライン上で再現する機能を提供していた。
しかし現在のON24を見る際には、「バーチャル展示会を作れるか」だけを見るべきではない。
2026年7月に開催されたイベント業界のカンファレンス「Cvent CONNECT 2026」にはON24も参加し、ON24利用者向けセッションやトレーニング、ハンズオン、1対1のストラテジーセッションなどが用意された。テーマとして掲げられていたのは、ウェビナー、フィールドイベント、展示会、常設型デジタルコンテンツを一つの顧客体験としてつなぐことである。
Cventも同イベントで、ON24を「深いパーソナライゼーション、コンプライアンス、グローバル展開などを必要とするエンタープライズ向けWebinar/デジタルイベント」の技術として位置づけている。
したがって、今後ON24に関連する展示やデモを見る際に注目したいのは、映像品質そのものよりも、次のような点である。
これは、ON24が「オンラインイベント会場を提供する会社」から「イベントで発生する顧客データを事業成果へつなげる会社」へ変化したことを表している。
ON24だけがウェビナー市場を作ったと断定することはできない。
しかし同社の製品変遷を見ると、Webinarを単なるオンライン放送から、BtoBマーケティングの計測可能な顧客接点へ変えていく流れに早い段階から参加していたことは確認できる。
2006年にはすでにWebcastとリードスコアリングを組み合わせ、2010年代にはマーケティング向けSaaSへ転換し、2018年以降は常設コンテンツやパーソナライゼーション、現在はAIとファーストパーティデータを中心に据えている。
この変化は、イベント業界全体の変化とも重なる。
従来、展示会やカンファレンスでは「何人来場したか」「何件名刺を獲得したか」といった指標が中心だった。
一方、デジタルイベントでは参加者が、
まで取得できる。
ON24はこうした「参加者の行動データ」を営業・マーケティングへ渡す仕組みを長年事業化してきた。
そして2026年4月、Cventが約4億ドルでON24を買収した。
Cventが買収理由として明確に挙げたのも、ON24のエンタープライズ向けWebinar技術、ファーストパーティ・エンゲージメントデータ、AIワークフローを、Cventのリアルイベント管理技術と組み合わせることである。
この買収は、イベントテクノロジー市場が、
リアルイベント管理
と
デジタルイベント
を別々に扱う段階から、
すべての顧客接点を一つのデータ基盤で管理する方向
へ進んでいることを示す事例として見ることができる。
ON24自身が2025年までCventを競合企業の一つとして挙げていたことを考えると、この統合はイベントテック業界の再編を象徴する動きでもある。
今後のON24を見るうえで最大のテーマは、Cventとの統合である。
買収完了後、CventはON24への投資を継続し、AI、エンタープライズ向け信頼性、コンプライアンスなどを引き続き強化する方針を示している。
2026年9月23~24日に予定されている「ON24 Next 2026」でも、ON24とCventを組み合わせた「event-led growth」、AI、パーソナライゼーション、ファーストパーティデータ、新しいAI/agentic機能などが主要テーマとして掲げられている。
したがって、今後展示会やイベント業界でON24を見る場合、特に確認したいのは三つある。
第一は、リアル展示会とWebinarの顧客データがどこまで統合されるかである。オンラインで取得してきた視聴・クリック・質問などの行動データと、リアルイベントの来場・セッション参加・商談などのデータをどのようにつなげるかが重要になる。
第二は、AIがイベント運営そのものではなく、イベント後の営業・マーケティングまでどこまで自動化するかである。
イベントで得られた情報からコンテンツを生成し、参加者ごとに異なるフォローアップを行う仕組みが、今後どこまで発展するかが注目点となる。
第三は、ON24がCventグループ内でどの領域を担うかである。
Cventは2026年時点で、ON24を特にエンタープライズ規模、パーソナライゼーション、コンプライアンス、グローバル展開を必要とするデジタルイベント領域として位置づけている。この役割分担が今後さらに明確になる可能性がある。
ON24の約30年の変遷を振り返ると、同社が繰り返してきたのは「別の事業へ移ること」ではなく、同じ技術資産を新しい用途へ転換することである。
金融ニュースを届けるために使われたストリーミング技術は企業Webcastへ変わり、Webcastはマーケティングチャネルになり、そこで得られる参加者データが現在のAI型エンゲージメントプラットフォームの基盤となった。
その意味で、現在のON24を見るうえで重要なのは最新のウェビナー機能だけではない。
イベントで発生する一つひとつの顧客行動をどのようにデータ化し、次の営業・マーケティング活動へつなげるのか。
それこそが、金融ニュース配信企業として始まったON24が現在まで一貫して発展させてきた技術と事業の核心と言える。