バーチャルイベントの皇帝だったHopinがイベント業界に残したもの

Hopinは、2020~2021年の新型コロナウイルス禍で急成長したバーチャルイベントプラットフォームとして知られている。

オンライン上に「受付」「ステージ」「セッション」「ネットワーキング」「Expoブース」といったリアルイベントの構造を持ち込み、単なる動画配信ではなく、参加者同士が交流する「イベント会場そのもの」をブラウザ上につくることを狙ったサービスだった。

しかし、2026年現在、Hopinを独立したイベントテクノロジー企業として捉えるのは正確ではない。

2023年に主力だったHopin EventsとSession、さらに現地イベント向けBoomset関連技術がRingCentralへ売却され、Hopin Eventsは現在「RingCentral Events」として提供されている。Hopin.comにも現在「Hopin is now RingCentral Events」と表示される。英国登記のHopin Ltdは2024年2月にメンバーによる任意清算を開始し、2026年5月24日に解散した。

したがってHopinの変遷を理解するには、「コロナ禍で急成長した会社」という部分だけを見るのでは不十分である。

オンラインで人が交流できるイベント空間

急増したバーチャルイベント需要

動画・現地イベント・マーケティングまで含む総合イベント基盤への拡張

需要正常化と事業再編

RingCentral Eventsとしてリアル・オンライン・AIを統合

という流れである。

Hopinという会社そのものは姿を消したが、その過程で開発・獲得されたイベント技術の一部は、現在のイベントテクノロジー市場に残っている。

1. 創業時は「動画会議」ではなく、オンライン上にイベント会場をつくる会社だった

Hopinの創業者はJohnny Boufarhatである。

英国Companies HouseによるとHopin Ltdは2019年6月に設立されており、Seedcampも2019年夏にHopinへプレシード投資を行ったとしている。Boufarhatはマンチェスター大学で機械工学を学んだ後、ソフトウェア開発に取り組んでいた。

Hopinが生まれた背景には、創業者自身の体験があった。

Boufarhatは後年、自己免疫疾患によって長期間自宅で過ごさざるを得ず、オンラインのウェビナーには参加できても、リアルイベントのように他の参加者と知り合ったり、偶然会話したりすることができないことに不満を感じていたと説明している。

そこで、

「講演を見るだけではなく、参加者同士が出会えるオンラインイベント」

をつくることを考えた。

これはZoomのようなオンライン会議サービスとは発想が異なる。

Hopinが再現しようとしたのは会議室ではなく、カンファレンスや展示会そのものだった。

初期のHopinには、メインステージだけでなく、参加者が複数人で話せるSession、1対1で参加者が出会うNetworking、企業が製品やサービスを紹介するBoothなどが用意されていた。

Seedcampは2020年2月の時点で、Hopinをカンファレンス、フェア、Expoなどをオンライン化するためのプラットフォームとして紹介している。すでに2019年7月からアーリーアクセスが始まり、1,000以上のイベントが開催されていたという。

つまりHopinの原点は「動画を配信すること」ではない。

イベントに存在する人と人、人と企業の接点をオンライン上で再現すること

だった。

この思想は、後のHopin Events、そして現在のRingCentral Eventsまで残ることになる。

2. コロナ禍によって「補助的なオンライン参加」からイベントの主要インフラへ

Hopinにとって最大の転換点は2020年だった。

本来Hopinが考えていた市場には、リアルイベントへ参加できない人のためのオンライン参加や、リアルとオンラインを組み合わせるイベントも含まれていた。

ところが新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界各地で展示会、カンファレンス、企業イベントの開催そのものが困難になった。

その結果、「オンライン参加を追加するための技術」だった市場が、「イベントを開催し続けるために必要な技術」へ一変した。

2020年4月のSiftedの取材によれば、Hopinの利用待ちリストは約1カ月で1万人から10万人超へ増加した。当時、Dell、NBC、Google、Facebookなどを含む多数の企業・イベント関係者がオンラインイベントへの移行を検討していた。

Hopinの成長も急激だった。

2020年2月の650万ドルのシードラウンドに続き、同年には大型の資金調達を重ね、2021年3月には4億ドルを調達して評価額は56億5,000万ドルとなった。同年8月には4億5,000万ドルのシリーズDを実施し、評価額は77億5,000万ドルに達した。

この急成長によってHopinは、単一のバーチャルイベント製品を提供するスタートアップから、「イベントに必要な技術をまとめて保有する企業」へ進もうとする。

それが次の転換点だった。

3. M&Aで「オンライン会場」からイベント全体を管理する会社へ

2021年のHopinは、買収を通じて急速に機能領域を広げた。

特に重要なのがStreamYard、Jamm、Streamable、Boomset、Attendifyである。

動画配信を内製化するためのStreamYard

2021年1月、HopinはライブストリーミングサービスStreamYardを2億5,000万ドルで買収した。

StreamYardはブラウザからプロ品質のライブ映像を制作・配信できるサービスで、買収時点ですでに約3,000万ドル規模のARRを持つ事業だった。

Hopinはイベント会場のソフトウェアだけでなく、その中で配信される映像制作まで自社の製品群に取り込もうとしたのである。

続いてJammとStreamableも買収した。

Jammはビデオコラボレーション、Streamableは動画アップロード・配信技術を持っていた。Boufarhatは当時、Hopinが目指す方向について、イベントだけに限定されない「video」を軸とした接続のエコシステムという考えを示している。

ここでHopinは、

オンラインイベントプラットフォーム

から、

動画コミュニケーション全体を扱うプラットフォーム

へ対象市場を広げようとしていた。

Boomsetによってリアル展示会へ戻る

展示会業界から見てさらに重要なのが、2021年6月のBoomset買収である。

Boomsetは、イベント会場でのチェックイン、バッジ発行、RFID、出展者のリード取得などを扱うオンサイトイベントテクノロジー企業だった。HopinはBoomsetを「official onsite offering」と位置づけ、オンライン、ハイブリッド、リアルイベントを一つの仕組みで扱う方向へ進んだ。

これはHopinの事業が大きく変わった出来事である。

コロナ禍初期のHopinは、

リアルイベントができないためのオンライン代替手段

として急成長した。

ところが2021年には、

リアルイベントが戻ってきても利用できるイベント管理基盤

へ進もうとしていた。

この方向性は、後にRingCentral Eventsへ受け継がれる重要な要素となる。

Attendifyでイベント後のマーケティングまで拡張

さらにHopinは2021年7月、イベントマーケティングプラットフォームAttendifyを買収した。

Attendifyが持っていたAudience CRMなどの技術は、参加者がどのセッションを見たか、スポンサーに接触したか、投票したかといったエンゲージメント情報をイベント主催者が把握し、その後のマーケティングへ活用することを狙ったものだった。

これによってHopinが目指した範囲は、

イベントを開催する

集客する

開催する

参加者を管理する

出展者がリードを獲得する

イベント後にデータをマーケティングへ使う

というイベントライフサイクル全体へ広がった。

4. 急拡大は強みであると同時に、再編を必要とする要因にもなった

2021年のHopinはイベントテクノロジー市場でも特に目立つ成長企業となったが、その成長速度にはリスクもあった。

短期間に多数の企業を買収し、従業員も1,000人規模まで増加した。

しかし2022年になると状況が変わる。

ワクチン接種の普及や各国の行動制限緩和によってリアルイベントが再開し、企業がコロナ禍で急拡大させたオンラインイベント予算を見直し始めたからである。

Hopinは2022年2月に従業員の約12%、138人を削減した。

会社は理由として、急成長と複数の買収によって組織内に生じた役割の重複などを整理し、より効率的で持続可能な成長を目指すことを挙げていた。

さらに同年7月には242人、約29%を追加削減した。Hopinは採用凍結やマーケティング費削減も行い、特にEvents事業の効率化を進めた。

これは単なる景気悪化だけで説明できない。

急激な市場拡大

大型資金調達

短期間での人員拡大とM&A

オンライン専用イベント需要の正常化

という変化を短期間に経験した。

その結果、2021年に構築しようとした巨大なイベント・動画製品群を、そのまま一社で維持することが難しくなった。

この点は、コロナ禍のデジタル化需要を前提に急成長した企業を見るうえでも重要な事例である。

5. 主力イベント事業をRingCentralへ売却――「会社」ではなく「技術」が残った

最大の事業転換は2023年に起きた。

Hopinは主力だったHopin EventsとSessionをRingCentralへ売却した。

RingCentralによると、取得対象には技術資産だけではなく、顧客関係、エンジニア、製品担当者、営業・マーケティングなどの人材も含まれていた。

さらに、2021年に取得したBoomsetのオンサイトイベント技術もRingCentral側へ移ったことが報じられている。

RingCentralのSEC提出資料では、取得時の現金支払額は約1,470万ドルで、取得日時点で評価された条件付対価を含む取得価格は2,220万ドル。業績条件に応じた追加支払いは最大3,500万ドルとされている。

2021年に77億5,000万ドルの評価額を付けられたHopin全体と、このEvents事業の売却価格を単純比較することはできない。前者は資金調達時の企業評価額、後者は一部事業・資産の取引価格だからである。

それでも、この差はコロナ禍に形成されたバーチャルイベント市場への期待が、その後大きく修正されたことを象徴している。

創業者BoufarhatもこのタイミングでCEOを退任した。

残ったHopinはStreamYard、Streamable、コミュニティサービスSuperwaveなどを中心とする別の会社へ転換しようとしたが、この体制も長くは続かなかった。

2024年4月にはBending SpoonsがStreamYardを取得したことを同社自身が明らかにしている。またHopinの清算資料をもとに、残存資産が2024年4月にBending Spoonsへ1億2,000万ドルで取得されたと報じられている。

英国のHopin Ltdは2024年2月からメンバーによる任意清算に入り、2026年5月に解散した。

つまり2026年現在、Hopinの歴史を「現在もHopinが提供している製品」へ直線的につなげることはできない。

代わりに見るべきなのは、

Hopinが生み出したイベント技術が、どこへ移り、現在どの製品として使われているのか

である。

6. 現在の事業は「RingCentral Events」の中にどう残っているのか

Hopin.comへアクセスすると現在、「Hopin is now RingCentral Events」と表示される。

RingCentralも現在の製品ページで「RingCentral Events — Formerly Hopin Events」と明記している。

現在のRingCentral Eventsを見ると、Hopinの変遷で蓄積された考え方がかなり明確に残っている。

例えば現在のRingCentral Eventsは、

  • ウェビナー
  • バーチャルイベント
  • ハイブリッドイベント
  • リアル会場イベント
  • 複数ステージ
  • Networking
  • Expo Booth
  • イベント登録
  • モバイルアプリ
  • 会場チェックイン
  • バッジ印刷
  • Lead Retrieval
  • イベント分析

などを一つのプラットフォームで扱う。

これはHopinの歴史と重ねると理解しやすい。

創業時の、

Stage・Session・Networking・Expo

というオンラインイベント思想に、

Boomset買収による、

Check-in・Badge・Lead Retrievalなどのリアル会場技術

が加わった。

さらに現在はRingCentralのAI技術が組み合わされ、

  • AI Writerによるイベントページやメール文面作成
  • AIによるQ&A分類
  • AIによる質問回答・Poll候補
  • イベント映像からのハイライト動画生成
  • ブログやSNSコンテンツへの再利用
  • CRMへの参加者データ出力

まで行う方向へ進んでいる。

つまりHopinが最初に実現しようとした、

「オンラインでもリアルイベントのように人と人をつなぐ」

という技術は、現在では、

「オンラインとリアルの双方で参加者を管理し、データを取得し、その後のマーケティングまでつなぐ」

イベントプラットフォームへ発展している。

7. 展示会で見ると何が分かるのか

2026年現在、「Hopin」のブースや製品を探すという見方は適切ではない。

Hopin Eventsの直接的な後継製品として確認すべきなのはRingCentral Eventsである。

展示会主催者や出展企業にとって特に興味深いのは、かつてのHopinがオンラインExpoで実現していた「出展者と来場者の接点」が、現在はリアル展示会を含めて扱えるようになったことである。

RingCentral Eventsでは現在、バーチャル会場のExpo Boothだけではなく、リアルイベント向けの登録、チェックイン、バッジ印刷、モバイルアプリ、Lead Retrievalなども提供されている。

したがって展示会関連のデモを見る際には、単に「オンライン展示会を開催できるか」ではなく、次の点を見るとHopinから現在までの技術変化が分かりやすい。

  • リアル来場者とオンライン参加者を一つのイベントでどう管理するか
  • 出展ブースで取得したリードをどのように記録するか
  • 来場者がどのセッションやコンテンツに反応したかをどう計測するか
  • 取得した参加者データをCRMへどう連携するか
  • イベント映像を終了後のマーケティングコンテンツへどう転用するか
  • AIによってイベント運営やコンテンツ制作をどこまで自動化できるか

特にLead Retrievalは展示会では重要である。

リアル展示会における「名刺交換」をデジタル化し、出展者がリードを評価してイベント後の営業へ渡す仕組みは、HopinがBoomsetを取得してリアルイベントへ進出した流れと直接関係する分野である。

8. Hopinの変遷がイベント業界に与えた影響

Hopinだけがバーチャルイベントという市場を作ったわけではない。

WebinarやWeb会議、オンライン展示会の技術は以前から存在していた。

一方、Hopinがコロナ禍に急速に普及したことで、

オンラインイベントは「配信を見るもの」ではなく、「会場を歩き、人と出会い、企業ブースを訪問する体験にできる」

という考え方が広く認識される一因になったことは、その製品構成や導入拡大から読み取れる。

もう一つ重要なのは、Hopin自身が最終的に「オンラインだけ」では市場を捉えきれないと判断したことである。

2021年のBoomset買収は、その象徴だった。

バーチャルイベントで急成長した企業がリアル会場技術を買収し、

Virtual

Hybrid

Onsite + Virtual

へ進んだ。

現在のRingCentral Eventsも、Virtual、Hybrid、Onsiteを一つのプラットフォームで提供することを前面に出している。

Hopinの会社としての結末は成功だけを語れるものではない。

短期間での巨額資金調達、急激な人員増加、多数のM&A、その後の需要減速、複数回の大規模人員削減、主力事業の売却という流れは、コロナ禍による一時的な需要増を恒常的な市場規模と判断する難しさも示した。

一方で、事業が売却されたということは技術まで消えたことを意味しない。

RingCentralはHopinから取得した技術、人材、顧客関係を自社のVideo、Webinar、Roomsなどと組み合わせる目的を明示しており、現在のRingCentral Eventsはその結果として提供されている。

その意味でHopinは、

会社として存続すること

には至らなかった一方、

バーチャルイベントを企業コミュニケーションやリアルイベント管理と統合する技術

を別企業へ残した事例として見ることができる。

9. 今後、展示会で注目したいポイント

Hopinそのものについて、今後の研究開発や新規事業を予測する段階ではない。

2026年5月には英国法人Hopin Ltdも解散しており、Hopin Eventsの技術的な発展を見るのであればRingCentral Eventsを追う必要がある。

現在のRingCentral Eventsを見る限り、注目すべきテーマは大きく三つある。

AIによるイベント前後の自動化

現在はAI Writer、AIによるQ&A分類、AI Clips、Creator Labなどが提供されている。

AIの用途はイベント中の映像処理だけではなく、

集客用文章作成

イベント運営

質問対応

映像編集

SNS・ブログ・フォローアップメール

まで広がっている。

リアル・オンライン参加者データの統合

Hopinがバーチャルイベントで得意としていたのは、参加者の行動をデジタルデータとして取得できることだった。

これにBoomset由来のリアルイベント領域が組み合わされたことで、リアル会場でもチェックインやLead Retrievalをデータ化できる方向へ進んだ。

今後展示会関係者にとって重要なのは、オンライン視聴データとリアル来場データを分離せず、同じ来場者の行動としてどこまで分析できるかである。

「イベント開催ツール」から「マーケティング基盤」への変化

現在のRingCentral Eventsでは、イベントコンテンツをContent Hubへ集約し、AIで再利用し、参加者データをMarketoやHubSpotなどのCRM・マーケティング関連ツールへ渡す機能も提供されている。

これはHopinがAttendify買収などを通じて目指していた、「イベントを開催して終わるのではなく、参加者との関係をイベント後も継続する」という方向と重なる。

Hopinの変遷を振り返ると、最も重要なのは77億5,000万ドルという一時期の評価額ではない。

創業時に考えられていた、

「オンラインでもイベントらしい交流をつくる」

という発想が、

バーチャル展示会

ハイブリッドイベント

リアル会場管理

来場者・リードデータ

AIを使ったイベントマーケティング

へ変化していったことである。

Hopinという企業は最終的に事業を分割・売却し、独立したイベントプラットフォーム企業としての歴史を終えた。

しかし、展示会やイベント関係者にとって見るべきなのは、その失敗や成功の二択ではない。

Hopinがオンライン上に持ち込んだ「Stage、Session、Networking、Expo」というイベント構造が、現在ではリアル会場、参加者データ、マーケティング、AIまで含むイベントテクノロジーへどう組み込まれているか。

そこを見ることで、Hopinの変遷だけでなく、バーチャルイベントブームを経た現在の展示会・イベントテクノロジー市場そのものの変化も理解しやすくなる。

参考情報

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